律動の月1日(G12/13)8・魔法使い KIN34 「カスピ海ヨーグルト」(by D)
今日という日付を、「13の月の暦」の28日周期で数えると6番目(律動)の月1日となり、20日周期で数えると8番目(モル)の月1日となります。この 2つのサイクルが同時に1日を迎えるという現象は1年に3回起きますが、28日周期で見ると1−6−11の月で生じることから、「惑星奉仕のウェイブスペ ル(1年13ヶ月の流れ)」で「磁気の時間・倍音パルサー」の関係の時に成り立つことがわかります。「倍音パルサー」は「ウェイブスペル(波動魔法期)」 という螺旋状時間構造に運動(動き)を与える関係性でもあるので、今年の初め(磁気の月)に目的として意識したことを、外に向けて拡張していきつつ、同時 に全体(外側)の流れと内面的流れを釣り合わせていくことで、1年という時間枠にある種の「動き」を生み出していくきっかけをつくる、という読み方ができ ます(あくまでひとつの解釈ですが)。私の場合、今年は「クリカの活動に力を入れていこう」と目的を定めたので、こうしてダイアリーを外に向けて(あるい は自己省察の意味も含めて)書くという事も、この目的で回転する1年という時間に動きを加える事になると思っているわけです。
ところで、話は変わりますが、私は(確か)1年半程前にカスピ海ヨーグルトの種を分けてもらい、伝えられているような方法で増殖させては、 時々いただいています。これまでに、何度か特異な状態(分離する、ダマができる、酸味が強くなり味が変わる、ほとんどチーズのようになる等々)を経過して いて、その度に「さすがにもうダメかな」と思うのですが、観察と実験の結果、最近ではほぼどんな状態からでも元に戻せる自信がつきました。先日も、一ヶ月 ほど種を保存していて(忙しくて手が回らない時は半冷凍状態で保管しています)完全に分離させてしまい、新しい牛乳に種を入れてもなかなか固まらなかった ので、「あんまり放置しすぎて菌がすっかりグレてしまったかな」等と思いつつ、経験に基づいてポットの上にしばらく置いてから(ここで固まるまで置いてし まうと発酵が進みすぎます)冷蔵庫に戻してやると、初めて我が家にやってきた時と同じような、クセのない味とスプーンですくったと時になかなか途切れない あの滑らかさを取り戻してくれました。こういう経験を何度かするうちに、どんな状態になっていても菌は元々の状態を覚えているし、与えられた環境(人の意 識も含む)によって表現形が変わるだけなのだな、と思うようになりました。ただ、他から雑菌が入って違う姿になってしまう場合もあるかもしれないので、こ ういう判断は、やはり自分の責任において自分の食べるものに対してだけ行うべきでしょう。とにもかくにも、こうして長い時間を共に過ごしているヨーグルト 君(菌)は、今や私のペットのような存在になっています。毎回増やされては食べられてしまう運命にあるわけですが、菌が持つ力を信じて、菌が一番喜ぶ温度 と愛情(これも大切なポイントです)を与えてやると、それに応えるかのように最高においしいヨーグルトをいつまでも創り続けてくれるのです。
律動の月2日(G12/14)9・鷲 KIN35 「ビンゴ!」(by L)
今、我が家は薔薇の香りでいっぱいでーす。「バリン」と音をたててパヒューム・ボトルが割れてしまったのだ。お気に入りだったのにー。これは絶対に假屋崎省吾が いけない(というのはウソだけどちょっと関係がある)。昼間、本棚に置いてある小物達を持ち上げつつ拭き掃除をしている時、ふとTVに目を向ける と薔薇でいーっぱいの彼の書斎が映し出されていた。「うわぁーいいなー。きっと薔薇の芳い香りでいっぱいのはずー・・・」と気をとられた瞬間、手の中の小物が滑り落 ちて床の上で粉々になったのだが、何とそれはお気に入りのローズオイルだった。ショック!!・・・しかし、薔薇の香りをイメージした瞬間、その香りが私の部屋に 満ちたのだから、願いが叶ったということで良しとしましょう。このローズオイルはエジプト産。オアシスで育った薔薇から抽出されたもので香りのパワーが全 然違う。甘いだけでなく葉や茎のグリーンな香りが清々しくて超オススメ。ギザに行ったらアントニオおやじの店でまた手に入れるとしよう。ところで「ラス ト・バリア(ルシャッド・フィールド著:山川紘矢&山川亜希子訳)」は「見えない道(著訳:同じ)」と共に私の最も愛する書だが、この本にも「薔薇水」 についての記述があって何とも興味深い。(そういえば何日か前、山川夫妻のメルマガでもこの本が薦められていたけれど、本当にいつ読んでも素晴らしい!)私は、キャサリン・レインやルーミーの詩にもこの本を通して出会ったことになる。時空のサーファー必読の書。
中国から戻られたばかりの吉田花徑先生から、今週行われる書法塾のパー ティー準備の件でお電話を頂く。「ビンゴゲームは大丈夫ですよ〜。たかちゃんがドンキホーテでお買物しておいて下さるそうです。」とお返事して受話 器を置いた瞬間、また電話が鳴った。・・・ン、先生何か話し忘れ?と思い電話に出ると、これがたかちゃんだった。「今ドンキホー テでビンゴゲーム機買いました!」確認したら、先生に伺ったパーティー参加者数と、たかちゃんが仕入れたビンゴカード数はピッタリだった!(ドンキホー テのカードはそれで品切れだそう。)・・・この方達のテレパシーはいったいどうなっているんでしょうか。
律動の月4日(G12/16)11・地球 KIN37 「顎髭張」(by L)
来月の今頃は台湾にいる。今回の旅の目的は「故宮博物院」と、 数年前ナイルクルーズの船上で知り合った周さんご夫妻訪問。「台湾にいらっしゃい。面倒見ますよ(・・・多分、歓迎しますよ、の意)。」と流暢な日本語で 話しかけられたのがお付き合いの始まり。ご夫妻は70歳を超えている。台湾と日本の歴史を考えると「日本語がお上手ですね。」とは軽々しく言えない。その 事を申し訳なく思い つつ話しかけて下さったお礼を言うと、「悪いのは戦争です。日本人も台湾人も、どちらも戦争の犠牲だったんですよ。」と穏やかに微笑まれた。若かりし頃、 この事で苦い経験をした事のある私は自分の国際感覚の無さを嘆いたものだが、周さんのこの一言で救われた思いがした。数年前、大地震が台湾を襲った時は震 源地近くに住む彼等を心配したが、すぐに無事とわかりホッとした。彼等に再会できるのは、だから本当に楽しみなのだ。ところで、台北の故宮博物院の住所 221号は、私の「52年の運命の道筋」の現在のKINの番号と同じ(この旅行中に変わってしまうけど)。北京の故宮博物院(紫禁城)を最初に訪ねた時の 道筋はKIN61であったが、初訪問は誕生日から丁度1スピン後のKIN61の日であった。
今日は、国立のギャラリーアルケミストで行われている「高瀬昌郎 作陶展」に 伺った。素晴らしい陶芸作品の数々にうっとり。・・・どうしたらこんな形が出てくるのだろう。静かでいて、そして一つ一つに空間を変えてしまう様な圧倒的 な存在感がある。すごい。(そして、アルケミストのある国立は実は殆ど出身地。今日は良く晴れていたので、富士見通りからはお約束通り道の真ん中に富士山がドーン!と見えて嬉しかった。ギャラリーに行 く途中、回り道して確かめた甲斐のある風景だった。)
帰りの井の頭線の中でエッセイを読んでいたら、いきなり台湾の話が登場したのでガゼン真剣に読み始めた。 ああー、美味しい物だらけだー、全部食べたいー(瞬間故宮も周さんもどこかにふっ飛んだ)。そして何故か渋谷の「顎髭張」(台 湾に本店のあるかけご飯の店)が旨いと書かれていた。道玄坂上のこの店、数年前に出来たのは知っていたが超〜怪しい外観なので一度も入った事は無い。そう か 美味しいのね。じゃあこの足で行ってみようと決心。用事を色々済ませた後、顎髭張に向かおうとマークシティーを歩いていたら、いつもはただの連絡通路が今 日は「躍動台湾・東京日台友好歴史写真展」のギャラリーと化しているではありませんか!もちろん寄り道しましたとも!そしてアンケートに応えてクジ引きに 当選し「台湾便利束紙(台湾のあらゆる事が単語帳の様なカードの束に全てまとめられている)」まで頂いた。料理のカードには一つ一つ写真入りで台湾語と日 本語で食べ方の説明まで書かれている。分かりやすい!これで旅行はバッチりだ。ついでに顎髭張のメニューもこのカードで調べよう。ギャラリー受付のおじさ んに「これから(台湾に)行くので持ってい きまーす!」とお礼を言ったら、「美味しいもの、沢山食べて来て下さいね。」と言われた。・・・顎髭張に向かう途中というのがバレていたのだろうか。肝心 のご飯 は・・・悪くはなかったとだけ言っておこう。(ベジなのでねー。)
律動の月7日(G12/19)1・太陽 KIN40 「顎髭張ー2」(by L)
家に帰って来る途中、気付いたら「炭坑節」を口ずさんで歩いていた。・・・なんて事でしょう。きっと、これでもかというくらい夜更けに炭坑節を踊り過ぎたせい だ(・・・何のパーティーでかはとても言えない)。ところで、先日の話にはまだ続きがある。顎髭張の並びの何件か手前には、私がひいきにしている「華泰茶 荘」という中国茶の店がある(この店も台湾が本店。駅からは少し離れているせいか、人の多い渋谷で、静かに、しかも本格的な中国茶が頂ける数少ない店の一 つ。特に3階4階は落ち着いていい感じ)。そこでは茶葉や茶器も扱っていて、いつも黒のカンフースーツに身を包んだ店長が中国茶のあれこれを丁寧に教えて くれたりする。これが結構ためになる。せっかく前を通ったので店を覗いてみたが、店長が留守だったので買物はやめておくことにした。留守だなんて珍しい事 もあるのね。と思いながら数メートル先にある「顎髭張」に入ると、何とそこでは店長その人が食事をしている最中だった!!思い描いた通り黒のカンフースーツ で!!・・・だからどうって事は無いかも知れないけどね、こんな時私は「台湾が熱烈歓迎してくれているのね♪」と楽しく思い、そして「時間の法則」に感謝する事にしている。
律動の月8日(G12/20)2・竜 KIN41 「レーリヒ写真とイルカの絵」(by D)
2日前、波動測定を受けに来た友人のSさんが、ロシア旅行で入手したニコライ・レーリヒの本と、レーリヒ夫妻の銅像を撮った写真(立派に額装されたものを 2つ)をプレゼントして下さいました。レーリヒは、20世紀前半に活躍したロシアの芸術家ですが、シャンバラを求めて中央アジアを探検したことや、戦時に おける文化財保護の国際条約に貢献したことでも知られ、私達の活動とも深い関わりのある人物です。例えば、シャンバラは「カーラチャクラの教え」に関わる 国の名前ですし、「13の月の暦に替える平和の運動」では、「レーリヒ・平和のマーク」がシンボルのひとつとして用いられていたりします。2年程前(黄色 い太陽の種の年=レーリヒの銀河の署名と一致)、ホゼ・アグエイアス(『13の月の暦』提唱者)が日本を訪れたのは、かつてレーリヒが旅したというアルタ イ共和国がホゼをその後継者として招いた、という事がきっかけだったと記憶していますが、数ヵ月後に再びホゼが来日しようとしているこの時期に、レーリヒ に関する情報が届けられるというのはやはり興味深い事です。
さて、Sさんが同じ写真を2枚プレゼントして下さった理由は、ご本人にもよくわ からないようでしたが(直感的に2枚と思ったとの事)、受け取った私も「レーリヒの事をよく知らない人に渡しても喜ばれないし、一体どうしたものか」と 思っていたら、今日、ナディアの「13の月の暦の集い」に参加された方の中に、ちゃんと「ふさわしい人」が現れてくれました。その人の銀河の署名は「白い 磁気の魔法使い=ダライ・ラマ14世=カーラチャクラの86代目の継承者」なのですが、何と今年の運命の道筋が「黄色い太陽の種=レーリヒ」だったので す!これまで、ナディアでの暦のクラスに一番多く出席して下さっている事も含め、「これ以上条件が揃っている人はいない!」と思い、その場で彼女に写真を 手渡したところ、「今日に限ってカバンも大きいのを持ってきている」と言って、喜んで受け取ってくれました。
「全体の流れの中で成すべき事をすると、次の流れが自然とやってくる」という感 覚は、『13の月の暦』を使っているとごく自然なものになりますが、この日もそういう事を感じさせてもらえる嬉しい出来事がありました。夕方、波動測定に いらしたSさん(上記のSさんとは別人)ご一家とは数年来のお付き合いで、今回ほぼ1年ぶりの再会だったのですが、「お2人仲良く活動の輪を広げられます ように」と2匹のイルカが戯れている絵をプレゼントして下さったのです。ハワイのJOJOさんという方が描かれるイルカの絵はとっても愛らしく、それだけ で十分魅力的なのですが、PANひろばMLでjojoというハンドルネームを使っている(その理由については別な機会に)私にとっては、余計に親しみが感 じられます。ロシアからのレーリヒの写真が旅立って、ハワイからイルカの絵がやってきた。そんな風に感じられる素敵な一日でした。
★ハワイのJOJOさんによるイルカの絵。「陰陽和合」の意味が込められているとのこと。
律動の月9日(G12/21)3・風 KIN42「ダライラマ法王とよしもとばなな」(by L)
正直に言うと、7年程前にインドのダラムサラを訪ねるまでは、チベット問題やダライラマ法王14世に関して深い関心があったとは言えない。ダラムサラを訪ね たのも、ほとんど観光の延長だった。実際、アグラのタージマハル観光のあと、チベットの新年が祝われているというダラムサラへお祭り気分で向かったのだっ た。しかし、そこで過した1週間の出来事や出会いは私の魂に深く刻まれ、その後の私の人生に少なからず影響を与えることとなった(この事は、また改めて 詳しく書こうと思う)。今日チベットハウス(ダライラマ法王日本代表部事務所)のHPを覗いたら、この秋のダライラマ法王日本滞在アルバムがUPされていた。伊勢も奈良も、関西の写真は皆がリラックスしていて良い感じだ。東京国技館では、法王の講演の素晴らしさに加え、法王を迎える「よしもとばなな」のスピーチも とっても素晴らしかったので紹介しておこう。飾り気の無い言葉で堂々とした、しかも真に心のこもった立派なスピーチだった。「ばなな、偉いっ!」と心の中で叫 び、こんな素敵な言葉で法王を迎えられる一員として彼女の存在をとても誇らしく感じた。そしてこんな人選が出来るなんて私達もなかなかやるなあ、と思ったの だった。
★ダライラマ法王14世。この秋の来日で8度目を数えた。法王の「バリトン」のお経を拝聴するのが何よりも大好き。 「音」に言葉を超えたメッセージが込められていて(不謹慎な言い方かもしれないが)うっとりする。どんな音楽もかなわない素晴らしさ!
律動の月10日(G12/22)4・夜 KIN43 「9年後の冬至」(by D)
今日は冬至。北半球では1年で最も日が短くなる日という事もあって、古来、世界中で様々な祭事や儀式が行われてきました。私達が2年程前に訪れ た北京の「天壇」でも、明や清の時代の皇帝達が、その年に起きた重要な出来事を天帝に報告したと言われています。「天壇」は北京の重要な観光スポットとし て、その姿を今に伝えていますが、冬至の報告に使われた「圜丘」という壇は、階段や欄干、同心円状に配置された大理石の床石に至るまで、全てが「9」の倍 数で構成されていました。これは古代中国において「9」が皇帝の数とされていた事に由来するのですが、ユカタン半島に栄えたマヤ文明においては、同じ数が 「夜」や「冥界」といった全然違う意味と関係していたのですから、面白いものです。ただ、いずれも「天」や「あの世」といった「違う世界」と通じる力に関 係している、という面では本質的に同じような意味合いを持っているのかもしれません。ちなみに、パレンケにある「碑銘の神殿」は、1952年にパカル王の 墓であることが判明し、マヤ遺跡に関する視点を大きく覆しましたが、この階段状ピラミッドも9層構造を持っていたり、王の棺を囲むように9人の冥界の主が 見守っていたりします。
★天壇の「圜丘」と、パレンケの「碑銘の神殿」。
さて、今からちょうど「9」年後にあたる2012年の冬至は、古代マヤ暦(長期計算法)において、ひとつの大きなサイクルが完了する日と言われ ていますが、『13の月の暦』(の中のツォルキン)では、「青い水晶の手」の日(KIN207)にあたります。「207」は、太陽黒点周期に関係する 「23」と「9」の積でもあり、カバラ的に「2」+「7」と計算しても「9」になる数字で、今からの9年間というものを強く意識化させる力があるように感 じています。2012年の冬至に対して、巷には、ノストラダムスの時と同じように終末論的な側面を強調している方もいらっしゃるようですが、私個人の感覚 としては、「時空の大きな波がやってくる」というだけで、それをどう捉えるかによって、いかようにもその「時」を過ごすことができるのではないかと考えて います。「時空のサーフィン」を楽しむ私達の場合、上記のような事柄に気付いた今日という一日を、2012年の冬至のイメージに重ねたりして遊んでしまっ たりする訳ですが、ブッダガヤのカーラチャクラの旅でご一緒したAさんが、この度めでたくスリランカの方とご結婚され、その報告というかいきさつを「マンダラ」というネパール料理のお店(おいしいです!)で聞いた(この事はシンクロニック・リーディングとも深い関係があるので後日整理して書きます)、というのがこの日一番印象に残っている出来事ですから、きっと2012年の冬至もめでたく楽しい日になると思っているのです。
律動の月12日 (G12/24)6・蛇 KIN45「太陽の詩」(by L)
都会にいても旅先でも、私は太陽を見るのが好きだ。朝日や夕日を じっと見ていると、静かな波が押し寄せて来るかのごとく太陽から音楽が聴こえてくる。太陽からブロードキャストされる音楽が「観える」と言った方が良いか もしれない。それは私の知っているどんな表現にも変換する事はできない(ので時に歯がゆい思いをする)けれど、心に何かが届けられていると確かに感じる。
さて、昨日今日と上海で放送予定 のTV番組(倍音の月日記で紹介)の収録だった。この番組では「和のインテリア」について様々な切り口から紹介していった訳だが、今日は和紙や表装の老舗「マスミ」と日本画家「アラン・ウエストさん」の アトリエを訪ねてロケ。13年をケニアで過ごしたマスミのオーナー横尾氏と、ワシントンDC出身のアランさん、上海出身のファッションデザイナーの孟さ ん、そして私の4人でミニ対談。専門分野も文化的背景も全く異なる4人の組み合わせによる「和」についての対談はとても楽しかった(詳しく は「和のインテリア」ということで別に書きます)!その対談とは直接関係無いが、実は私にとって今日の大ヒットは対談場所の一つ、マスミのショールームに展示されている「奥山民枝さ ん」の作品であった。太陽を描いた奥山さんの作品、絵から少し離れて立ちじっと見つめていると、ある瞬間「ふっ」と太陽が背景に溶けて文字どおり消えてしま う。そしてしばらくすると再び太陽がふわりと浮かび上がるのだが、それはまさに私が観ていて、そして誰にも説明が出来ずにいた太陽と同じなのだ!こんなに 嬉しい事はない!奥山さんはイメージでは無く「実相」の太陽を描いているとおっしゃるが、その実相とは形や現象の背後にある太陽のエネルギーそのものなの だと私には感じられる。「イブなのに仕事なんてー。」と初めはちょっぴり思っていたが、奥山さんの作品に出会えたことは、私にとって超ビッグなクリスマ ス・プレゼントであった。太陽の音楽を聴いてみたい方、奥山民枝画集「ゆらぐ・わたる(美術出版社)」は必見!太陽を描き始めた頃の神秘体験のエピソード も大変興味深い(特にそこから覚める時のお話は爆笑もの)です。
★ マスミのショールームに展示中の奥山民枝さんの作品。デジタル映像でも太陽が消える(実証済み)のでお試しあれ。ボーっと見つめるのがコツ。
律動の月20日(G1/1)1・空歩く者 KIN53 「Art of Life」(by L)
「13の月の暦」を使い始めて9回目のお正月。「13の月の暦(毎年7月26 日が新年)」に意識を合わせている私達にとっては、一年の折り返し地点の感じが強く、新年気分はやや薄いかな。それでも初詣や年賀状の交換もするし、冬のホリ デーとしてのお正月を大いに楽しんでいる。この一年、印象深い出来事が沢山あったが、個人的な事としては、やはりグラーツでカーラチャクラ灌頂を受けた後「ク リカ」が誕生し、ワークショップやチベットサポートがスタートした一連の流れを大きく感じる。このサイトがオープンする少し前にメーリングリスト(PAN集いのひろば)に関連した事を書いたので、少し長くなるが加筆転載しようと思う。
(自己存在の月26日 G2003年 11/12 3・夜)
今回で8度目、12日間の日本滞在を終えてダライラマ法王14世が昨朝インドに発たれた。「定められた時に定められた場所で、また会いましょう。」昨年 秋、オーストリア、グラーツで行われた11日間に渡るカーラチャクラの全儀式が終了した時、法王はその言葉と共に法席を降り、崩された曼陀羅の砂は、法王 自らの手で街の中心を流れる川に放たれた。あれから一年。東京で再びお会いできる機会に恵まれたが、次は何処でお会いできるだろうか。グラーツ市主催のカーラチャクラは 全体が見事にオーガナイズされていて感心した。予想通り(※1)、特にデザインワークが素晴しい!儀式会場の空間、印刷物やWEB、全てにチベットのデザ インエッセンスが活かされている。特設のカーラチャクラショップに並ぶチベット難民の為のチャリティーグッズ(Tシャツやトートバッグ、アクセサリーな ど)も抜群にセンス良く、チャリティーでなくても思わず購入したくなる様なものばかり。私は美しいもの・美しいデザインには力があると信じている。このレ ベルのものがあったなら、チャリティーに金銭的に貢献できるだけでなく、チベットファンを増やす事だってできるだろう。私は、そのレベルの物が日本には思い当たらないのを残念に思 い、何とかできないものかと真剣に考えるようになった。チベットには美しいものが沢山ある。大英博物館やMETの展示物を見てもそれはすぐにわかる事だ。しかしそれらの多くは、儀式で使用される法具や仏具の中に、そして寺院などの建築物や仏画の中に隠され ている。チベットのためのチャリティーグッズなら、その美のエッセンスを誰でも使える身近な物の中に置き換える必要がある。グラーツで行われていた のはその良い例だ。このような流れがチャリティーTシャツを作る事へと私達を向かわせたのだが、 今回のダライ・ラマ法王の来日が決まったのは、この後のことである。デザインを起こし試作品を作り、製作工場を訪ねたりチベットハウス代表にご意見を 伺ったり、そんな試行錯誤の最中に法王の来日が決まり、チベットサポートグループ「KIKU」(※2)のご協力等を得、気付いたらTシャツは国技館でも販売(※3)される事になっていた。かくして「定められた時に定め られた場所」でカーラチャクラ砂曼陀羅Tシャツはデビューする事となった。国技館では半袖Tにもかかわらず完売。嬉しい!
(※1)私達はグラーツ(G2002/10月)の1スピン前にインド・ブダガヤ (G2002/1月)を訪れているが、法王は体調を崩され入院。仏教の聖地でのカーラチャクラ開催は一年延期と発表されたが、それを待たず当初全く興味の 無かったグラーツに行く決心をしたのは、ブダガヤで手にしたパンフレットがあまりにも美しかったから。
(※2)チベットサポートグループ「KIKU」 代表:久保隆さん 主にTCV(チベタン・チルドレン・ビレッジ)への援助など、亡命チベット人の子供たちへのサポートを精力的に行っている。私達は、 KIKUで扱うサポートグッズ(法具のドルジェやティルブの携帯ストラップ)のプロデュースなど、デザイン面でKIKUに協力させていただいている。
(※3)国技館の販売ブースはエントランス通路の左右に3つずつ並んだ。片側は 大手書店。私達は右側のド真ん中であったが、その両側の各ブースでブダガヤの旅の友が販売ボランティアをしている事が判明!ブダガヤの後は国技館で再会 とは「定められた時、定められた場所」。互いの元気な様子を喜んだ。さらにブダガヤで出会った別の友(※4)は、ちょうどその夜、予定より2週間遅れて女 児出産と知らせが入った。めでたい!
ところで、昨日ドリームスペル日本語版の推敲を終えた。もう少しで完成だーと思いつつ 原稿を送り出すと、入れ違いに「地球の歩き方 ウイーンとオーストリア」最新版が届いた。そうだ。投稿してたんだった。私は海外にいる時、許されるならベ ジ用レストランで食事するのだが、私の様な人のためにベジレストラン情報を3件投稿していたのだった。グラーツのマンゴールド(もう芸術的、東京にあった ら絶対に毎日通う)。ウイーンのチベット(チーズ・モモは絶品。グラーツの会場にも出店していて、その時からすでに虜になっていた)。そしてウイーンの Art of Life(リンク沿いStubenring14番地)。そして届いた本にはウィーンのArt of Lifeだけが大きく取り上げられていた。どれもお勧めなので残念な気もするが、しかし、それで良いのだ。と思った。 Art of Lifeでの夕食の支払いはカードで済ませたのだが、何故か一年以上経った今も請求が来ない。その様なトラブルは今まで一度も無い。とても良いお店だった だけに、もしや私の書き方に不備があって決済できないのだろうか、と時に気になったりしていた。でもこれで日本からのお客が増えるだろう。街の地図にしっ かり記載されていて場所も分かりやすいし写真付でデカデカと取り上げられている。お食事代、いずれ再訪の時にお支払いできるとしても、とりあえずは少し借 りを返せたような気分になっているおめでたい私達である。それにしても、この一件だけが取り上げられるとはこれぞLaw of Karma!(カルマ、原因と結果の法則)そして昨日それが届くとは、オーストリアで私達に儀式を授けて下さったダライラマ法王14世の置きみやげと言 うべきか。
昨日は、まだ興味深い事があった。また一つ私のシンクロニック・リーディング が成就したのだ!ブダガヤの旅の友(また別の。R子ちゃんとする。)が、結婚してスリランカに越すというニュースが入った!去年彼女はスリランカにバカン スに出かけた。「R子ちゃん、スリランカで絶対に素敵な出会いがあるから注意してて! ついに今生の伴侶に出会うわよ。外国人ね。100歩譲って何もなく ても、この旅はこれからの素晴らしい流れを作るはず。」と言って送り出した。仏教遺跡探検が目的の真面目な彼女は、またまたー。と取り合ってくれない感じ だったが、スリランカで伴侶に出会うどころか、いきなり嫁ぐ事になっていた。リーディングした私もビックリである。(もうこうなったら皆で遊びに行こう!!R子ちゃんのサイト「スリランカに恋して」)
前出の女の子を出産した友(※4)をRちゃんとする。彼女も昨年のブダガヤの 友であるが、彼女はブダガヤの後、真っすぐには帰国せず3か月の予定でインドの旅を続けた。旅の目的は出家の決心をする事(かなり珍しい目的だ)。チ ベット仏教の尼僧として出家の道を考えていた彼女は、もしその先を行こうとするなら、その決心をし、そしてそれに相応しい師を探す必要があった。Rちゃん は、 それを7年間も考えて続けて来た筋金入りである。その彼女とデリーの空港で別れる時、「Rちゃんこの旅で大恋愛する事になってるわよ。生涯の出会い になるわね。」とふと私の心に浮かんだ事を伝えた。出家するのしないのという友に贈る言葉ではないが、この際仕方がない。「インドでかー? まだチベットでならわかるけど、今それどころじゃないわー。」とちょっとムッとされたのだった。しかし3か月後に帰国した彼女は既にミセスになっていた! ヒンドゥーのサドゥーと結婚したという。インドの結婚証明書なるものも初めて見せてもらった。あの時もビビビックリであったが、また時の輪が巡り、今回の 法王の日本滞在中、皆が 再会を喜んでいる時にRちゃんには女児が誕生したのだ。ハッピーな話は何度でも嬉しい。
今から10年くらい前、伊勢の「すし久」で見ず知らずの人に乞われてリーディ ングをしたこともある。私は友人と一緒だった。お店は混雑時で空きが無く、一人で食事をしていた青年の卓に私達3人が相席させてもらったのだが、私達は手 相の話で盛り上がってしまっていた。(青年には迷惑だっただろう。)青年は自分の食事を終えると居住まいを正し、「あの」と言った。とっさに騒々しさを詫 びたところ、「いえ。あの・・・もしできれば僕を見て頂けませんか?」と言った。怒られるのかなと思っていた私はホッとした。お安い御用だ。手でなくても 良いのだが、向けられた青年の掌を読むことにした。・・・彼に大きな旅が近付いている事、その旅がとても良い旅である事、「だから心配しないでポーンと遠くへ行って大丈夫! 遠ければ遠い程良いわよ。」と話したところで私達の食事が運ばれて来た。「実は明日からニュージーランドに行くんです留学で。初めての外国で不安で不安 で。でも、これで本当に安心して行けます、お参りも済ませたし。」と、ニコニコして去って行った。良かったー、と思った。私達が食事を終える頃、その青年が 走って戻り「このお菓子お礼です。僕の大好きなお菓子なんです。本当にありがとうございました!」とそれだけ言うと風の様に去って行った。もう青年の 顔は思い出せないが、元気一杯で去って行った姿は思い出す事が出来る。
・・・これより再び元旦。年賀状で驚かされたが、友人のKちゃんがこの春からバ ンクーバーに引っ越すという。何とまたもや突然の嫁入りだ!半年程前、「パートナーが来ているわよ。」とリーディングしておいたのだった! そして別 の 友人のSちゃんをリーディングしたら「魂の故郷に還る」であったが、今日カンボジアからニューイヤーカードが届いており、差出人を見るとSちゃん!シェム リアップに戻ったばかりだという。彼女にとっての安らぎの場所、アンコールワットの日本語学校で再び教えると燃えている。ハッピーな話は何度でも嬉しい! そしてそれはどんどん伝染する性質がある様だ。遊びに行く先も増え続けているのを知り、とても楽しい元旦である。
律動の月22日(G1/3) 3・鷲 「鹿島に初詣」(by D& L)
今年の初詣は常陸の国一宮「鹿島神宮」へ。大典にとっては初。私李紗にとっては約 16年ぶり2度目の鹿島参拝である。今日本殿を参拝していた時、敬愛してやまないある師のイメージが現れた。身長3メートル程、白装束の巨人の姿で剣を携 えている。何故か30年ぐらい若返っていて端正で、ものすごく堂々としてかっちょいい。(若い頃の姿は見た事は無いが、すぐに師だとわかった。実際にこん な人がいたら追っかけしちゃいそうだ。)それはともかく、実は16年前の参拝時に鹿島の神様から頂いたメッセージは「不覚道」なるものであった。「不覚 の道・・・?」「道を覚えず・・・?」。あまりにわからな過ぎて忘れる事も出来ず、さりとてそれ以上考える事もしないまま時が過ぎた。しかし今日本殿で 師のイメージが現れた時、「そうか。本来無一物」って事かもね♪とストンと思った。「本来無一物」「無一物中無尽蔵」とは、悟りや煩悩の概念に囚われた世 界をきっぱりと否定し、そればかりか「一物(いちもつ)も無い」という考え方すら存在しない、一切の囚われを否定しつくした世界こそ禅である、と説いた六 祖慧能禅師の言葉であるが、それは師が私に書いてくださったことのある「無相」にも通ずるものがあると気付いた。また、今日は「鏡石の圓かなるが如し」とい うお神籤を引いたが、慧能はその諡(おくりな)を大鑑(=鏡)禅師ともいう。道の追求の果てに到達するただ一つの世界があるのなら、道の在り様に捕まる 必要は無いということか。16年ぶりに鹿島を訪れた私。時間の法則の20の銘板による今週のコドンは53「進化」。考えてみると私の来た道は「不覚道」そのものかも。ならば、これからは一つの道に思 いきり拘ってみようかしら、それが私にとっては進化だわー、と密かに決心をした。(大典Dによる続きもあります。お楽しみに!)
・・・という事で以下Dの日記。今日でハーモニック・コンバージェンスから23スピン(=広島に原爆が投下されてから82スピン)が完了し、24スピン 目に突入しました。また今週は「白いスペクトルの魔法使いの年」に入ってから24週目。これを最初の四半分(全13週)と今の四半分(11週目)に分ける と、自分の名前を画数で見た時と同じ比になるので、それだけで嬉しくなってしまう幸せな私です(何しろ画数で決められたという名前なので、数字マニアにな るのも仕方がないのです)。
さて、初詣に限らず私達は神社にお参りするときは、必ずと言って良い程おみくじ を引きます。神様(あるいは内なるハートの源泉)とお話するつもりで楽しんで引くのですが、平成16年の初御籤の結果は、二十九番(大吉)で「御手洗(み たらし)に身を清むるが如し」とのメッセージ。KIN29=3・月→月のキーワード「清める」&平成16年中に「運命の道筋」の音が「3」になる事とも マッチし、さらに先の24(週目)に29を足すと53で、今週のコドン(卦)「進化」の番号とも対応するので、マニア的にも文句なしの内容でした。L(李 紗)も四十番(大吉)で「鏡石の圓なるが如し」とのメッセージ。KIN40=1・太陽→神道では鏡は太陽の象徴&平成16年中に「運命の道筋」の音が 「1」になる事ともマッチ。月と太陽、そして29+40=69。数字の形までもが陰陽(月と太陽)を示しているようで面白いですね。ちなみに、パレンケの 「碑銘の神殿」の中央階段もまた69段なのは興味深い事実です。・・・とここまででカッコ良く終わりにしようかとも思ったのですが、最後に落ちをひとつ。 実は、Lは四十番の前に十四番(半吉)を引いていたのですが、もともと中途半端なのが好きではない上に、「おみくじは、出すまで引こう大吉を」で通してい る彼女は、今回も上記のような素晴らしいストーリー創造のために、ひと役買って引き直しをしてくれていたのでした。チャンチャン♪
律動の月23日(G1/4)4・戦士 KIN56 「ラスト・サムライ」(by D)
今日は「戦士」の日という事もあって、多くの人に「いいよ」と薦められていた 『ラスト・サムライ』をようやく観に行った。私達の座席はF23・24(F=6とすれば今日と明日の日付だ)。確かに良かった。日本の良さ(こころ)をと てもシンプルに分かりやすく伝えてくれていたように思う。不思議だったのは、特別泣けるシーンでもないのに、何故かやたらと涙が出てきて仕方がなかった事 だ(例えば、霧の中から侍の一群が現れるシーンなど)。そういえば、薦めてくれた人達も同じような事を言っていたような気がする。この映画には、私達の魂 や遺伝子に響く何かがあるのかもしれない。観終わった後「世界中のどの文化も同様に素晴らしいが、日本という場所に生まれ育まれた者として、侍スピリット (潔さ、勤勉さ、思いやり等)という独自の(そして普遍の)無形文化を忘れることなく今の時代を生きて行きたいものだ」という思いを強くした。
律動の月24日(G1/5)5・地球 KIN57 「111」(by D)
のぞみ”111号”に乗ってすぐ、正月中に出そうと思っていた「ゆうパックあり がとうキャンペーン」の応募ハガキに必要事項を記入しようとして面白い事に気が付いた。このキャンペーンが、ゆうパック(小包郵便法施行)”111周年” の記念に行われているもので、あて先も郵便局の私書箱”111号”となっていたのだ。わざわざ「のぞみ111号」で書いているのだから、きっと望みがか なって何か当たってくれるに違いない、と都合の良い(かつオヤジギャグ的な)想像だけしておく。ちなみに、ツォルキンでKIN111(7・猿)は、 KIN241(7・竜=自分の署名)からちょうど130離れているので、「反対のパートナー」という事になる。「反対のパートナー」は、反対キン(紋章だ けの関係=ここでは竜と猿)のより収束したパターンとみなすこともできるので、”111”は、私にとって自分の見える範囲を超えた領域にチャレンジすると いう事を最も象徴している数字、と取ることもできる。そんな事をツラツラ考えながら、霞の向こうに浮かぶ富士山を眺めていたら、「ラスト・サムライ」の オープニングシーンを思い出した。そして、富士も桜も日本の象徴として描き尽くされてはいるが、やっぱり心象風景としての日本が確かにそこにはあるなー、 と素直に思うのであった。
律動の月26日(G1/7)7・嵐 KIN59 「 Materials 」( by L )
インテリアデザインの専門書をわざわざ買ったのは何年ぶりだろう。空間に使用され る素材についてまとめた「Materials」 エリザベス・ウィルハイド著。あー、ため息が出るほど良い本・・・。中身を見る前から、この本の前を素通りできなくなっていた。内容は全然新しいものでは なく、むしろ、普通の当たり前の事がまとめられているだけの本。しかし何より素晴らしいのは、著者がインテリアデザイン大好きなことが本全体から溢れ出て いるところ。これは流行や情報を追っただけの本(←専門書であっても為になるどころか疲れてしまうので読まない)からは決して感じられないものだ。エリザベスさんにものすごく励まされた気持ち になる。こういう仕事ぶりって良い。そして、それは必ず誰かに届く。
律動の月28日(G1/9)9・竜 KIN61 「 補色と反対キン 」( by L )
さて、クリスマス・イブに奥山民枝さんの太陽の作品を紹介しましたが、あの作品を見つめていると何故太陽が「ふっ」と消えてしまうのか・・・?奥山さんにう かがった訳ではないのですが、それは太陽と背景の「配色(補色の関係)」にその秘密が隠されているのではないかと思います。今日は「赤い太陽の竜」。赤い 竜は私の紋章「青い猿」の反対キンです。数年前の、やはりクリスマス・イブに「反対キンと補色の関係」について書いたものがある(時間の周期的秩序!)の で、それを引用しつつ太陽が背景に消えてしまう理由を以下に記します。
『・・・ 私は色彩の専門家でもあるので、クリスマスにちなんだ色のお話を書こうと思います。というのは「反対キンの関係性」、私はこれをクリスマス・カラーのイ メージで捉える事があるからです。クリスマス・カラーの代表といえば赤&緑。お互いの色を鮮やかに際立たせる2色です。色彩の専門用語では、この2色を 「補色の関係」と呼びますが、この「補色の関係」と、紋章の「反対キンの関係」には、面白い共通点がある様に思います。
テレクトンのプレイング・ボードの左上、亀の甲羅を「20の太陽の部族」の環がぐるりと囲んでいます。この環で見ると反対キン同士は180°正面の対角線上に位置します。今日を例にすると「竜」の180°正面に位置するのは「猿」です。一方、色彩にも「色相環」と呼ばれる色彩の環があります。色相環は虹のス ペクトルの順に赤・橙・黄・緑・・・と、色を循環的に環上に並べたものです。この色相環の180°に位置する色相差の最も大きい2色の関係を、色彩の場合 は「反対色」では無く「補色」と呼びます。クリスマス・カラーを例にとると「赤」の補色が「緑」です。幾何学的に見てみると、紋章(竜&猿)も色彩(赤& 緑)も、両方とも、環の中心を通って正面に位置する180°の関係、また360°の環の全体をお互いに分け合う関係です。
ところで、全ての色( 個人差はあるけれど、人間の目では約1千万色の識別が可能と言われている)を混色すると無彩色(特定の色の要素を持たない色)になります。言い換えると、 無彩色(全て一つの状態)は、全ての有彩色(個性を持つ無数の色)の混色(ハーモニー)によって生み出されるのです。「補 色」とは、字の示す通り「補う色」という意味ですが、いったいこの2色は何を補い合うのでしょう?・・・実はこの補色同士には、「その2色を混色するだけ で、全ての色の混色と同じ結果が得られる」という特徴があります。特別な2色の関係というわけです。補色同士の共通要素は皆無(0%)ですが、全体性の中で見た 場合、一方の色に無い要素の一方の色に無い要素の全てを、もう一方の色が完全に持っています。これがこの2色を反対色ではなく「補色」と呼ぶ理由の一つかも知れません。
「補色」のもう一つの特徴として「お互いの色を強め合う」というものがあります。これはとても面白いと思うのですが、私達はある色を見ている時、視覚の回路の中(頭の中)で同時にその補色を見ています。(例えば、じーっと「赤」を見つめていて急に目離すと、赤の補色の「緑」がパっと見える経験をした事があると思います。)「赤」を見ている時には、視覚の回路の中で赤の補色の「緑」を、「緑」を見ている時には、視覚の回路の中で緑の補色の「赤」を経験しています。つまり補色同士には、目に見えている色の上に、視覚回路の中の隠された補色が重なるという秘密があるので、お互いの色の鮮やかさ(個性)が高まるのですね。一番遠くにあって共通要素が皆無でありながら、大きな贈物を与え合う関係とも言えます。
紋章に話を戻しますが、「反対キンは運命キンにチャレンジする」というこの関係性、反対とかチャレンジ(挑戦)っていったい何だ?と思いますよね。もちろんこの関係性も、反対キン同士の関係性だけで成り立つものでは無く、全体の関係性の中で初めて成り立つものだと思いますが、私には補色同士による「クリスマス・カラー」が一つの答えのようにも思えます。この2色、穏やかとは決して言えないエキサイティングな配色ですが、反対キンは運命キンに、運命キンとしての役割を最大限に求めるのではないでしょうか。反対キンが投げかける運命キンへのチャレンジ(=挑戦)の意味は、運命キンの輝きを増すための「チャレンジ」なのかも知れませんね。・・・』
もちろん、奥山民枝さんの作品の場合の補色は、赤と緑ではなく紫(太陽)と黄色(背景)です。補色同士をじっと見つめていると、実際に見ている色と頭の中に生じている色の境界が溶け出して曖昧になり、そして太陽が「ふっ」と消えたかの様に見える瞬間を作り出すのです。これは補色以外の色の組合せでは決して起こりません。奥山さんの作品は、自然界の法則と私達人間の目の仕組みがあってこそ楽しめる魔法なのかも知れません。そう考えると、人間でいるってまだまだ楽しいことがありそうです。私達の日常は、きっとこんな魔法でいっぱいなのだと思います。