「令和」を開くIHMワールドへの寄稿と横浜大空襲
『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』の共著者・江本勝氏が設立した会社I.H.M.(アイ・エイチ・エム)は、私が20年前まで社員としてお世話になっていた古巣でもあるが、「令和」の始まりにあたって、そのIHMが発行している会報誌『I.H.M.WORLD』への寄稿を依頼された。
原稿を送ったタイミングから、そろそろ出来上がっている頃では?と思っていたら、剣武天真流の合宿で伊豆に行っている間に届いていた。エハン・デラヴィさん、半田広宣さん、根本泰行さんらの記事に混じって、「美とバランスの時代へ」というタイトルで私の記事も掲載されているので、関心のある方は手にして頂ければと思う。
『13の月の暦(ドリームスペル)』の観点から「令和」を読み解いているその内容は、暦の見方や活用方法の具体例にもなっているので、使い方のイメージが湧かない方には参考になるだろう。
ところで、この『I.H.M.WORLD』、1995.5.29(KIN36)に第3種郵便物に認可されたことが裏表紙に記されている事に初めて気づいた。雑誌を手にした5/28に、剣武の青木宗家とのやりとりから、横浜大空襲が1945.5.29(KIN246)だったと認識したばかりだったので、その半世紀後(私がIHMに入社した年)の同日に認可されていた事に気づいた時に、「ああ、これは今書くべきなのだな」と感じ、山積している用件を後回しにしてでも5/29にUPする事を優先した。
それが、大空襲で亡くなられた方々に対する時空を超えた慰霊にもなると思えたからだ。思えば、江本所長も青木先生も横浜のご出身で、私も元々横浜市民。寄稿を頼まれたタイミング、剣武合宿のタイミング、その流れで空襲の日付を知り、そして寄稿した雑誌が届いたタイミングが全て重なって生じる気づき。
ハーモニック・コンバージェンス(KIN55)という平和のイベントが、広島原爆投下(KIN55)の影響力に対する中和の働きも意図されて行われたように、こういう関係性に気づいた時は、その機会を活かして集合意識に残る苦悩の記憶を和らげることに、ほんの少しであっても貢献したいと思う。「令和」に関する希望的なヴィジョンを記した記事はそういう働きを持っていると、「祈りの力」を信じる私は考えているのである。(D)
スペクトルの月28日 8・戦士(KIN216)
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