エンニオ・モリコーネ「青い嵐(19)」に旅立つ

7/6は、ダライ・ラマ法王の85歳の誕生日だった。法王の誕生キンであるKIN14(1・魔法使い)は、『13の月の暦』で今年1年(白い磁気の魔法使いの年)とシンクロしているのだが、その年に巡って来た法王85歳の誕生日がKIN99(14+85)になるのは何とも美しい。

これは、260日暦と365日暦という2つの暦が生み出す関係性、「年齢が5の倍数を迎える時には、”誕生キン”から年齢分の日数が経過すると”誕生日”がやって来る」に由来する現象なのだが、自らの誕生キンから始まった1年の中で迎える道筋が「誕生キン+年齢」となるのは、かなり稀なケースである事が分かった。

なぜなら、元旦に自分の誕生キンが巡って来る可能性がある「通路の地球家族」生まれの方(この時点で全体の5分の1に絞られる)の中で、さらに「自分の誕生キンから始まる1年の中で年齢が5の倍数になる」という条件を満たす必要があるからだ。

例えば、52年前の1968.7.6もKIN99で、その年もKIN14(=1967.7.26)から始まった1年だった訳だが、同じKIN99の道筋であっても、その時の法王は33歳で(5の倍数の年齢ではなかったため)、上記のような関係性は成り立っていなかったのだ。つまり、85歳までお元気で活躍されて来たからこそ初めて成り立った、美しい関係性なのである。

そんな特別な年の特別な日であった7/6(宇宙の月10日)、私は剣武天真流のあるミッションのために、1日外出していた。このミッションについては時が来たら明らかにするつもりだが、それ自体、非常に印象に残る出来事であった上、帰路、敬愛する偉大な音楽家エンニオ・モリコーネ(KIN186)の訃報を知った事で、生涯記憶に残る1日となった。

そういえば「The Mission」もモリコーネの名曲の一つ。その生演奏を、モリコーネ自らが指揮棒を振ったローマ・カラカラ浴場でのファイナルコンサートで堪能したのは、昨年の6/21(KIN239=5・嵐)、現地時間で夏至当日のことだった。

自分がモリコーネと同じKIN186(4・世界の橋渡し)の道筋を歩んでいる時に味わえたその感動的な体験は、【クリカのメルマガ Vol.85】「すべての道はローマに通ず(6)」に書いてあるが、その時は、まさかモリコーネが91(=85+6)歳で大往生するとは思っていなかったので、見えざる世界からのサインを数字の中に感じてしまう。

また、ファイナルコンサートからぴったり1年後の6/21夏至新月(KIN84=6・種)は、大分市美術館での「13の月の暦講演会」というミッションを無事果たした日で、それを祝うかのように夕方から晴れて、参加者の皆さんと共に日食を観察できた記念日でもあったので、モリコーネの旅立ちを通じて、何か様々な次元の情報が一つに統合されるような印象があった。

それもそのはずで、G6/21=水晶の月23日のサイ時間単位は、常にKIN149(6・月)。これはパカル王と同じKIN190(8・犬)の滝元さん(『マヤン・ファクター』監訳者)と共に、パレンケの「碑銘の神殿」でテレクトノンをプレイした年と日付に完全同期するキン(1999.4.12=KIN149)なのだ。

夏至から14日後の満月(KIN98=7・鏡)に最終日を迎えた天真書法塾シャンバラ教室展の会場は、大分市美術館と同じ内井昭蔵氏(KIM188=6・星)設計の世田谷美術館。KIN84(6・種)から始まる年の時間を外した日がKIN188(6・星)になる事を知っていると、「新月夏至の大分市美術館」と「満月の世田谷美術館」の繋がりもただ事ではないのが分かる。

だが、驚きはさらに続く。Lが【PAN惑星芸術ネットワークは、星の力で束ねられる】に書いた通り、世田谷美術館には、「碑銘の神殿」に眠っていたパカル王の石棺レリーフの実物大拓本があるのだ。メキシコ政府の依頼でその拓本を取ったのは、KIN179(10・嵐)の利根山光人氏。

モリコーネのファイナルコンサート(5・嵐)、旅立ち(8・嵐)、利根山氏のKIN(10・嵐)、そして間も無くやって来る「青い月の嵐の年」=KIN119(2・嵐)。この全てに通じる「青い嵐」の紋章コード番号は「19」。モリコーネ自身の「白い世界の橋渡し」の紋章コード番号は「6」。「6」で地球にやって来て「19」で銀河に旅立ったとも言える。

思い出したので書いておくと、夏至の前日に高千穂神社で引いたおみくじが「6」番大吉で、KIN97(6・地球)から世田谷美術館で始まった「作品のない展示室」の入場整理券番号も「6」番だった。

そもそも、高千穂訪問のきっかけは「五ヶ瀬」「七折」という現地の地名で、それぞれの場所に深い縁のある「時のからだ塾」生、橋本さん(13・世界の橋渡し)&田中さん(2・世界の橋渡し)の「橋渡し」コンビにあっただけに、「5」と「7」を繋ぐ「橋渡し」の「6」はキーナンバーなのだ。

「橋渡し」が惑星ホロンで日本のエリアに対応し、第126代今上天皇がKIN166(10・世界の橋渡し)であることから、「6」は日本を意味する数と見なすことも出来る。実際、モリコーネは今上天皇と深い繋がりがあるのだ。

天皇が即位された時の「運命の道筋」はKIN121(4・竜)で、「即位礼正殿の儀」当日に行われる予定だった祝賀パレードが、台風「19」号被災者への配慮から11/10(KIN121)に変更された事は、【「神秘の柱」KIN121でのご即位と祝賀パレード】に書いてあるが、そのパレード当日が、まさにモリコーネの91歳の誕生日だったのだ!

その記事には、『マヤのリズム』発刊日(KIN166)から260日後が陛下の誕生日で、その260日後がモリコーネの誕生日である事が書かれているが、『マヤのリズム』P157には、KIN14(2008.3.3)に「王家の谷」や「カルナック神殿」を訪れハピという香を奉納したこと、「寝台列車No85」でルクソールからギザへ移動したこと、そして、ハピを創香した銀河シスター並木芳美さん(KIN108)がマザーシップに引っ越した日である事が書かれている。

閃きに従ってKIN108に訪れた天香久山(高千穂にもある事を後で知った)が、大嘗祭と直結していたのを知って驚いた経緯、そこに出現した1928がモリコーネの生年であったことなども、その記事には書かれているが、話が拡散しすぎてしまうので、最後にモリコーネの147日前に旅立った芳美さんの事にだけ触れておこう。

大分の講演会では、芳美さんがその場にやって来ているのがありありと実感できた。それは単に感覚的なものだけではなく、名前や数字、そこに集った人々の集合的なサインとして、誰にでも確認可能な形でやって来た。

KIN108(4・星)のアッキーさんが全員の名札を作って下さった事に始まり、例題に立候補して下さったサカイさんの少し前の道すじがKIN108で、そこからよしみさんという名前の男性(KIN14)が参加されている事が明らかになり、更には、(コロナで帰国不能になる直前の)春分のパレンケに芳美さんの香りCrystal radience(No17)を奉納して下さったコバさん(9・嵐)と、それを依頼した旧友あまねさん(7・星)が、その場にいて下さったのだ。

こうした全てが、別次元からコンタクトして来ている芳美さんの存在を、その場にいた人々に実感させたのである。おそらくモリコーネもこれから先、そのような形で多くの人々のもとを訪れることだろう。姿を見たり、声を聴いたりするだけが、別次元との交流方法ではないのだ。

これから多くの人々が、こうした事を理解するようになって行くと思うが、『13の月の暦』が別次元とのコンタクトをスムーズにする非常に有効な装置であることも、次第に理解されるようになって行くだろう。モリコーネとダヴィンチが同じKIN186で、ダヴィンチ没後500年のタイミングにモリコーネのファイナルコンサートがあった事も偶然ではないのだ。

最後に、敬愛するモリコーネを偲んで、【クリカのメルマガVol.80】に書いた達人紹介記事「Enjoy Surf!」のリンクを貼って、この追悼記事を終える事にしたい。(D)

宇宙の月14日 12・夜(KIN103)

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・7/24(祝)18:00神楽坂セイギーヒー「挑戦」の波に乗る『13の月の暦』
・7/25(土)13:00時間をはずした日の集い
・7/26(日)11:00横浜ナディア「13の月の暦」元旦スペシャル

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・7/14(火)19:00二子玉川
・7/21(火)19:00上野毛
・7/26(日)16:40横浜