逆走台風12号が満月を輝かせる

地球の大気や海洋の大循環が不安定化して来ている関係か、観測史上見られないような気象現象が世界中で頻発している。通常と真逆の西に向かって列島を横断した「逆走台風12号」もその中の一つと言えよう。

G7/28,29に関西でのワークショップを予定していた私は、そのタイミングに本州(特に東海から関西)直撃の予報が出ていた台風の動きにそれなりの注意を払いながらも、開催の中止や延期は考えていなかったので、参加者にも特に連絡はしないまま当日を迎えた。

「普段から天気を心配する事があまりないのは、予報が覆って大丈夫になってしまう経験を何度もしているからかもしれない」と7/27にツイートしている通り、私は台風直撃や大雪の予報があっても、問題なく移動できてしまう事が殆どで、参加者も奇跡的に会場に辿り着けてしまうケースが多いからだ(その証拠はブログ過去記事に沢山ある)。

そして、そういう時には独特の内的感覚を伴っているので、無理やり「大丈夫だ」と自分に言い聞かせている訳でもなければ、無責任に「成り行き任せ」にしているという感覚も無いのである。ある意味、高まった自然のエネルギーに”乗る”という感覚をリアルに感じているのだ(ほんのちょっとでもズレると大変危険である事も含め)。

7/28(KIN171)未明にはかなり風雨が強まっていたが、空が白み始めると次第に収まって来て、どこからともなく美しい鳥の声が聴こえて来た。夢の中の話ではない。おそらく急に涼しくなった関係だと思うが、かれこれ数ヶ月ぶりに耳にした美声だった。

その後、出がけまで雨は降ったり止んだりしていたが、家を出る時には完全に止んでくれていて、大いに助かった。というのも、新横浜で新幹線に乗り込む頃には土砂降りになっていたからだ。家から駅までのほんの数分の道のりでも、あんな降り方をされたら全身ズブ濡れである。

「時間をはずした月(2012年冬至を含む律動の月=KIN201)」ともシンクロしていたのぞみ201号11号車は、夏休みモードで満席だったが、2つ並び席のお隣さんはついに新大阪まで現れず、私はゆったりとその空間を使わせて頂いた。大阪のお天気もまだ荒れてはおらず、比較的涼しい曇り空。前日までは東京以上の猛暑だった事を思うと、ありがたく思える。

3日前の「時間をはずした日」には、間近で天神祭(2001年にはアグエイアス夫妻も参加している)が行われていた大阪チャクラさんでの『13の月の暦』(*1)クラスは、長年培って来た「場」があるだけに、シンクロ率は黙っていても毎度高いのだが、台風直撃予報にも怯まず来られる方の熱意も相まって、共時性秩序が見事に顕現する場となった。

その全てはとても書ききれないので、以下、翌日の京都にも繋がっていた部分に絞ってメモしておきたいと思う。誕生キンを導く例題に立候補して下さった方はKIN56(4・戦士)で、現在の「運命の道筋」がKIN211(3・猿)。終了間際にサイ時間単位について質問された方はKIN134(4・魔法使い)で、今の道筋がKIN129(12・月)だった。

この事が判明する直前、私は「ドリームスペル・ツォルキンが扱う4次元時間の中では、会社や出版物、架空の人物などが、時間的存在として同等に扱われる」という話をしており、その具体例としてインディー・ジョーンズを挙げていた。架空のキャラクターであるインディは、1899年7月1日生まれのKIN129で、ハワード・カーターより先にツタンカーメンの墓を発見した、という設定になっている。

サイ時間について質問された方は、2ヶ月ほど前にエジプト旅行をして来たばかりで、ご自分の現在の道筋がインディとシンクロしている事など、その瞬間までご存知ではなかった。これだけでも十分驚くに値するが、私にはもう一つ全く別な繋がりが見えていて、密かに驚いていた。それは、私を暦の世界へと誘ったホゼの息子、ジョッシュについてのものだった。

私と暦の出会いは『時空のサーファー』(ホゼ・アグエイアス著/小学館)という本にある。ハーモニック・コンバージェンスの直後に他界したホゼの息子ジョッシュに捧げられた本書を手にしたのは1996年初め。絶版後から数年を経て、モデラートから新たに復刊される事になった時、解説文を書くオファーをいただいた時の喜びと驚きは、今も忘れる事が出来ない。

自分の誕生日からぴったり30日前に当たる1969.7.13(KIN211)に生まれたジョッシュは、1987.10.29(KIN129)に交通事故でこの世を去っている。この特別な縁のある人物の生と死にまつわるKINが、今回大阪で二人の参加者の「運命の道筋」を通じてやって来たのだ。

そだけではない。ジョッシュが他界したまさにその日(1987.10.29=KIN129)に生まれたのが、剣武天真流本部正師範として共に稽古している丸山貴彦師範であり、その貴彦師範のお父様が、当時、ホゼを客員研究員として招いた倫理研究所理事長の丸山敏秋氏なのだ。

この辺りの経緯は『霊性のアート』にも記してはあるが、「赤い宇宙の月の年」の最初の満月(皆既月食)でもあった日に、それをハッキリと意識させられる事になったのは、KIN211とKIN129というジョッシュの生死に関する日付が登場したからだけではなかった。質問のポイントとも直結していたのだ。

サイ時間単位とは、もともと「倫理プロジェクト」というプログラム(1996~2000)に由来する図で、『13の月の暦・手帳』(こよみ屋)P17の右下にもローマ字でその名が記されている。ここに登場する「倫理」は、一般用語としての「倫理」ではなく、「倫理研究所」の「倫理」から来ている言葉なのだ。

こうした背景を一切知らずにサイ時間について質問されたのが、他の誰でもなく、まさにKIN129の道筋を歩まれている方だったところに、個人の意図を超えた共時性秩序の働きが見て取れると言えよう。

当日、飛び入りで遠路はるばる島根から(台風に突っ込んで来るような形で)参加して下さった方(KIN117)がいた一方で、今回のワークがきっかけでチャクラを初めて知ったKIN232の方は、何と徒歩数分の超ご近所さんであったりと、マジカルな現象は他にも無数にあったが、キリが無いのでこの辺りまでにしておこう。

残った皆さんと一緒にチャクラのベジカレーを頂き、降り出した雨の中(ここで初めて傘を使用)を北浜駅まで歩いて堺筋線に乗り込んだ。が、阪急に乗り継いで京都に到着すると、いつの間にか空は晴れていて、空には満月が煌煌と輝いていた。

祇園祭仕様?のローソン。翌朝には無くなっていた。

宿泊先の部屋は232号(チャクラ近所の方)で、そのフロアは201(朝乗った新幹線のぞみ)〜241(私の誕生キン)というシンクロぶり。台風12号は京都も直撃するようなルートを取っていたが、ちょうど眠っている間に通過したようで、目がさめると既に雨は上がっていた。

台風がどこかに消えた訳でも、被害を全く出さなかった訳でもないが、直撃ルートにいても殆ど影響を受けない事も、実際にはあるのだ。もし、私が天気予報を一切見ていなかったら、台風が来ていた事すら知らずにいたと思う。私達が体験する現実は、概ねこのようになっていて、殆ど同じ環境に置かれていても、全く異なるリアリティを体験することがあり得るのだ。

そして、そういう世界があることを、私は『13の月の暦』を通じて22年前に知り、誰もがそれを体験し得るものだという事と、その法則について知り得た事を伝えているのである。(D)

磁気の月9日 8・地球

【追記1】このブログを書いた今日の午前、私は横浜のアンブロシアというヘアサロンで髪をカットして頂いている間に、雑誌の中でオクシモロンというカレーの名店の記事を見つけていた。夕方、家の近所でオクシモロン店主の村上さんに超久しぶりにバッタリ遭遇して挨拶を交わし、帰宅後、久しぶりにサイトを見に行くと、大阪北浜(チャクラから川向こう300m程の場所)に新しいお店がオープンしたのを知ったのだった!

【追記2】2018.8.6は広島に原爆が投下されてから73年。73倍音色彩(元旦から5キンずつ区切る単位が倍音色彩)を通じて、「マンハッタン・プロジェクト」で生み出された原爆の影響を反転させるプログラムが「倫理プロジェクト」だった。倫理研究所の創設者・丸山敏雄氏の誕生KINがKIN117であることを広島73年目のタイミングに思い出した。島根から台風に突っ込む形で当日飛び入り参加して下さった方は、丸山敏雄氏のホロン(4次元形態)でもあったのだ。

【追記3】G8/6は磁気の月12日で、FB「水晶の円卓」グループで、わいあーさん(初期の頃から「13の月の暦に替える平和の運動」に積極的に関わられているベテランサーファーで《水晶の日の円卓》サイトの運営者)が、毎月のプチ誕生日であることを表明されていた。その後、アグエイアス夫妻来日時に行われた7日間セミナーの4日目「倫理プロジェクト」の所を見ると、その日はまさにわいあーさんの誕生日であった事が判明。わいあーさんはKIN56(4・戦士)で、大阪満月祭で最初の例題に立候補して下さった方と完全にシンクロしていた。

(*1)『13の月の暦』の手帳やダイアリー、カレンダーを初めて手にする方は、マヤ暦と混同するケースが非常に多いのですが、この二つは別物と最初の時点ではっきり捉えておくと、無駄に散財せずにすみます。まずは、こちら(13の月の暦の大基本)をご覧下さい。