現在我が家は取込中!春に台湾の中正記念堂で天真書法塾の発表会があり、二人とも作 品制作の追込中なのだ。もう朝から晩まで大変〜!・・・というよりも、この話が降って来たのはクリスマスの頃だから、だいたいが急過ぎる。初めっから追込 みモードで挑むしかないのだ。今回、私が取り組んでいるのは、美として完璧、とまで言われる「礼器碑」。触れると手が切れちゃいそうなくらい、ピンと張り つめた澄みきった線を書きたいと思っている。
考えてみたら、丁度1年前の今日、私達は台湾へと旅立っている。その頃私は、約3000年前の「金文」の臨書に取り組んでいた。なかなかイメージが掴めず にいたけれど、故宮でその実物に触れた時には、自分が何を書いているのかが、やっとわかったという感じで素直に感動を覚えた。(こういう事は理屈では無い のだろう。実物を介して伝わるものが伝わるのだ。)私とは反対に、Dは金文とは相性が良かったらしく「あっ、これは子々孫々だ!」とか言いながら最初からかなりの文字を解読して楽しんでいた。あれ から1年。台湾で発表会なんて夢にも思わなかったけれど、時間とは本当に不思議なものだ。 昨年は、まだ書法を始めてもいなかったDが、今年は金文の臨書を出展するのだから。それも台湾に。原因と結果の法則も「時間」無くして働く事は決してない。
★入塾して最初に書くのは、全人生を賭けて描く「生命の実践と円相」圧巻。
★天真書法塾第三回の発表会場にて。インド直前に仕上た生命の実践が「近藤鉄雄賞」受賞!
ニコタマで平和に迎えた誕生日。道筋は猿。近くの店で「冬生まれでツイてるな〜♪」と 思っちゃうほど美味しい鍋を囲んで大満足!家族や友人達に祝ってもらえてとてもHAPPYだ。取り立てて抱負の ようなものは無いけれど、今年の誕生日が最高楽しい、今の私が一番好き。これからも、毎年そう思いながら誕生日を過ごそう!感謝。
台北で行われる展覧会出展用の作品を先週提出し、やっと一息ついている。今回の制作期 間は僅か1か月!普通はあり得ない話だ!こんな時に大切なのは、物事をキ真面目に捉え過ぎない事と「火事場の馬鹿力」を発揮しようと決められるかどうか の様な氣がしますねー。先日観た映画「カンフーハッスル」のキャッチコピーじゃないけど、【ありえねー!】事態に直面してるんだったら楽しんでしまった方が良いに決まって いる。(〆切り前だというのに、コッソリこんな映画観てる私達。でもなかなか愛すべき良い映画だった。これを観てから筆が一気に進んでしまった。)それに しても、常にフルパワーで火事場の馬鹿力出しまくってる感のある、我が天真書法塾。自らの限界を超え続ける「ありえねー!機会」の連続だ。そしてそんな機 会が得られた事で何故かちゃんと出来てしまうから我ながら不思議である。私に体育会の血は一滴も入っていないと思っていたけれど、これが結構快感ってこと は、もとも と性に合ってるのかも。台北・中正記念堂での展覧会は銀河の月の最終週。もちろんそれにかこつけて、大好きになった台北再訪の予定である。楽しみー。
一年の折り返し地点の共振の月14日(G1月23日)は中目黒で「高橋徹スペシャルセミナー」。久しぶりの徹さんの話に感激したのは私だけではないと思 う。別にどこかに姿を消されたりしていた訳ではないし、プライベートでの交流は途絶えた事は無かったけれど、まさに「返ってきた高橋徹!」という感じだっ た。今から7年半ほど前、ハーモニック・コンヴァージェンス10周年を、ホゼ&ロイディーン、時間の世界会議スタッフ数人と共に目黒不動で祝った朝を思い 出す。「みんなが今ここに一緒に居る、これ以上美しい事なんて全く思いつかないよ。」と独りごとの様に小さく呟きホゼは目を潤ませた。(それを目にして、 ちょっとウルウルした。)今回の高橋徹さんの講演「マヤの260日暦と太陽系惑星の周期—みずからの意識の中に“地球の意図”を見いだす」は、もちろん ブっちぎりで興味深いものだったが、みんなが同じ場所に集っている事そのものも、私には同じくらい素晴らしいことの様に感じられた。それは、何だか一つの 大きな家族が集っているかの様な感じだった。
★約5時間に渡る凄すぎる講演。徹さん、皆さん、本当にお疲れ様でした〜!
スリランカに嫁いでいる玲子ちゃんが、現地で救援活動を開始した。さすが。現地の状況はなかなか伝わりにくく、津波による悲劇は早くも人々の記憶か ら消えかかっているかのよう。しかし各被災地での氣の遠くなる様な復旧活動はまだ始まったばかりだ。私達もこれからできる限り協力して行こうと思う。スリランカ では1000Rs(=1000円)で、4人家族/2週間分の食料が買えるとの事。日本円は私達が思っている以上に力のある通貨なのだ。★玲子ちゃんのサイト「スリランカ 津波の被害情報と救援活動」
一昨日は、中野ゼロホールでの「地球交響曲第5番」上映会にて、「チベットサポートショップKIKU」を開店!ダラムサラからの新着グッズも並んで、とてもカラフルな店構え!になった。直美ちゃんがKIKU日記に当日の様子をUPしてくれた。 たかちゃんと私は極寒期にめげず半袖(いや、会場は温かくてポカポカ陽気でした)。地球交響曲第一番を観たのは、かれこれ10年以上前。会場で岩崎さんか ら夢の様に甘くて美味しいハイポニカ栽培のプチトマトを分けて頂きながら、ちょっと感慨深いものがあった。チベットサポートショップは、太陽の月に都内と 鎌倉で、惑星の月の国技館ダライラマ法王講演会場で再びオープン予定!ダラムサラから、また新たなグッズが続々と到着します。どうぞご贔屓に!
チベットと言えば、大変深刻な事件が起こった。在ネパールのダライラマ法王事務所2か所が閉鎖を余儀なくされたのだ。これだけ聞くと、遠く離れた日本 の私達には、単にオフィスがクローズされた程度のイメージしか浮かばないかもしれない。でも、実情は想像を遥かに超えている。先秋ダラムサラ を訪ねた際、チベット難民受入センターの所長さんから関連のお話を伺ったばかりだったので、私達にはこの事の重大さが泣きたい程わかる。これが何を意味するかと言えば、これからは、更に 何千というチベットの人々が生命の危険にさらされるかも知れないという事だ。これらの事務所は、ヒマラヤを超えてやっとネパールに逃れて来たチベットの人々(この中には、子供達も含まれる)に とって、初めて安心して眠る事のできるシェルターであり、過酷なヒマラヤ越の旅による凍傷、怪我病気で傷ついた人々が応急処置を受けられれる(超簡易では あるけれど)医療施設の役を担ってきた。その受入施設が閉鎖されてしまう事がどれほどの影響を及ぼすことになるのか。まるで、溺れかかっている人から救命具を取り上げる様なものだ。「何故こんなに意地悪なことを思いつけ るのよ」という気持ちで一杯であるが、嘆いていても何の役にもたたない。何か自分に出来る事を見つけようと思っている。★関連記事「チベット式」
と、ちょっ と深刻な事を書いたけれど、最近の我が家のブームは「きなこ豆」。これも玉川高島屋地下の富沢商店で手に入る。もう食べ出すとどうにも止まらないので大 変だけど超お勧めっ!いつも売られている訳ではないってところが、また食べたい気持ちを募らせるのよねきっと。
ブームと言えばもう一つ。帯広の瀧川さんに教えて頂いたお漬物:名付けて「瀧川 式玄米麹漬」。もともと全く同じ材料で玄米麹漬は作っていたけれど、目からウロコの瀧川さん方式素晴らしい!一体何故こんなことを思い付けるのか・・・?やは り普通のお方では無い。ただお水の配合を変えるだけなのに、私には全く思いつきもしなかったです。世の中には色んな天才がいるものですね。ちなみに私は、 寝つきの早さではダントツ。数日前の夜は、寝入りばなの夢で爆笑し(何がおかしかったんだか殆ど覚えていない)自分の笑い声で起きてしまった。そしてその事を言いふらした後、また眠りの世界に戻るのに5秒とかからなかった(らしい)。
久しぶりに更新したので少し長くなってしまった。これからはDも私ももっとコマ目に書く予定。いつも見に来てくださるみなさん、本当にありがとう!
多摩川は冬の渡り鳥でとても賑やかだ。たまーに、カラスの大群だけしか見当たらない時は「キャー、ヒッチコック!」と叫びたくもなるけれど、今の季節の河原や池は、まるで渡り鳥の社交場のよう。色とりどりの羽を見ているだけでも楽しい。
私達は時々「天使の分け前(Angel's share)」ならぬ、「鳥たちの分け前」を持って河原に行く。「天使の分け前」というのは、ご存知の通りコニャック地方の可愛らしい言い方で、コニャッ クを樽の中で寝かしていると、いつの間にか蒸発してお酒の量が少なくなる。この蒸発した分のお酒を「天使の分け前(Angel's Share)」とか「天使の取り分」という。減ってしまった事にキーキーするのではなく、目に見えない飲んだくれの天使たちがコニャックを美味しくしてく れたと喜ぶ、何とも大らかな発想。
私が勝手に名付けた「鳥たちの分け前」は、何の事は無い「パンくず」だ。我が家ではPAULが朝の定番であるが、その中でもSix Grain Bread(6種類の種入りフランスパン)が特に香ばしくてお氣に入り。しかし毎朝どう氣をつけてカットしても、色々な種やらくずや らが大量に出てしまい、散らかり放題なのが玉にキズだ。以前はこれを単にゴミとして片付けていたけれど、「朝食は鳥たちと分ければ良いんじゃーん!」と思ってからは、む しろ豪快にクズを出しながらパンを切りわけている。バードウォッチングの趣味など全く持ち合わせていない私だけれど、ここに越して来てから、他の生き物た ちがとても氣にかかる様になった。それほど、多摩川は生命に満ちている。
今までずいぶん色々な国を旅したけれど、インドほど道端にゴミが溢れている 国は無いと思う。しかもほとんど生ゴミ。もう街中がゴミ箱といっていいくらい。そして、その間を人やウシや車が行き交うのだから結構すさまじいものがあ る。人間様を守ってくれる境界線は何も無い。
しかしツアーガイドのパンカジさんはキッパリこう言った。『インドにゴミはありません。』・・・そんなバカな。目の前にある生ゴミの山は一体なによパン カジさん、と言いたくなったが彼によるとこうだった。『・・・インドでは、バナナの皮であれ、ナンの切れっぱしであれ、人間が食べきれなかったものを全て 庭や道ばたに「放置」する。するとそれは近所を徘徊するウシやヤギ、犬猫、ロバ、猿、小鳥達、あらゆる動物達の食餌となる。特に牛は有用で有難い生き物で、彼らの ミルク(食料)や糞(燃料)はインドの人々の生活には欠かせない。だから道端にあるのは大切な動物達の食餌である。』・・・なあるほどそういうわけか。 旅行者としては足の踏み場も無い状態に途方に暮れてしまうけど、考え方を知ると見え方も一変するものだ。3度目のインドで開眼した。人も単なる生 き物で、ただ食物を分け合ってると思えばよろしい。実際ひと気のないところでは動物(特に牛)を見なかった。そうやって見てみると色々な生き物が仲良く共存しているの だ。インドという国はある意味太っ腹、懐の深い国、そしてゴミ捨てっ放しエコライフが成立してしまう国なのねと妙なところで感心した。東京で同じ事をした ら立派な無法者である。大切なのはゴミを出さない生活を心がけることよねと思いつつ、鳥たちに分け前を運ぶ私である。
★ダライラマ法王来日講演案内の チラシが、チベットハウスからドーンと届いた。(今回私達は九州まで追っかけちゃう 予定。)もうすぐチベット暦ではお正月。インドの国内外から集まる亡命チベット人達で、ダラムサラはにぎやかになるのだろうな。
歩いて1,2分という事もあって、タマタカにはほぼ毎日足を運んでいるが、さすがに芸能(著名)人に出くわす確率は高い。つい先日は葉月里緒奈を見かけ た・・・らしい。その前は、生島ヒロシに映画監督の山田洋二、そのちょっと前は鳩山由紀夫夫妻、あと街中ではユーミンも見た・・・らしい。何故「らしい」 がつくのかと言えば、私はLに言われてからちょっと遅れて振り返るので、大抵斜め後ろ位の角度からしか見る事ができないのだ(生島ヒロシや鳩山夫妻はレス トランの近い席だったからしっかりチェックできたが)。つまり、発見するのはいつもLなのだ。そういえば、先日は渋谷のロフトでレジに並ぶナンチャンも見 つけていた。
いずれのケースも、彼らは別に目立つような格好をしていた訳ではなく、どちらかというと帽子やサングラスで隠して目立たないようにしている感じ だったので、なんでそんなに有名人を見つけるのが得意なのか不思議に思ってLに聞くと、「オーラが違う」との事。曰く、「彼ら(人の視線に晒される事に慣 れている人達)には、ある種の(自分の存在に対しての)肯定的なエネルギーがあるから、表面的に隠していても自然と目立ってしまう」のだとか。ちなみに、 彼女の言う”オーラ”は、青とか黄色といった視覚的なものではなく、パッと感じられるエネルギー的な雰囲気、在り方みいなものを指しているのだそうだ。だ から、よく注意して見ていれば、それは歩き方や姿勢といった、3次元的な立ち居振る舞いにも現れているのだという(これは私にもよく分かる)。
付け加えておくと、Lは別に芸能(著名)人通という訳では無い。それどころか、私達は普段テレビもほとんど見ないので、おそらく世間一般の方々 よりそちら方面はかなり疎いと思われる。だから、ニコタマでこれまで見かけた著名人も、実際に出会っている数のホンの一部に過ぎない可能性が高い。Lも 「オーラは多分そうだけど、名前がわからない」というケースが結構あるようだ。とまあ、そんな訳で、ニコタマは著名人出没スポットとしても、なかなか楽し い街だと言える。クリカにお越しになるようなツイてる人は、そういう人たちに出会えるチャンスもきっと多いはず。是非、著名人ウォッチングも楽しんで行っ てもらいたいものだ。ところで、私のオーラはどんな感じなのだろうか・・・誰かLに聞いてこっそり教えてほしい(本人には内緒なのだとか)。